2016/04/01

片倉城跡公園のカタクリ(片栗)


片倉城跡公園のカタクリが見頃。曇り空だったので花がしぼんでいるのではと心配しながら出かけたがどの株も精一杯花を開いていた。ビッシリと一面を埋め尽くして咲く圧巻さはないが、雑木林の急斜面のそこここに散らばって咲く片倉城跡公園のカタクリには山野草らしい風情を一層感じる。

雄しべが開く直前の花(左)、今まさにタップリと花粉を出して虫にアピールしている花(右)が入り混じっての開花だが、今日はミツバチの姿は見かけなかった。


片倉城跡公園は、クサボケやタチツボスミレ、そして本丸広場の桜も満開で春爛漫。




2016/03/15

小下沢のハナネコノメ(花猫の目)


木下沢梅林を訪れたついでにと小下沢林道の小散策をしていると、「この先の作業小屋付近で今ハナネコノメが満開ですよ」とすれ違ったハイカー男性が教えてくれた。徒歩で30分ほどの近くらしい。早速足を伸ばすことにした。





ハナネコノメは八ヶ岳の山荘近くでも見られる。でもここ小下沢のように、豊富な清流のしぶきを浴びなら、岩にへばりつくように咲いている姿はめずらしい。野草好きハイカーのおかげで思いがけず今日は梅とハナネコノメの両方の花を堪能することができた。

その他見かけた花で比較的めずらしいものは、ヤマルリソウ、ニリンソウ、ユリワサビ、フサザクラ、アブラチャンなど。

木下沢梅林

この時期、中央道の上り路線を走ると小仏トンネルを抜けた直後に梅の花の一群が目に飛び込んでくる。ずいぶん以前から気になっていたが、今日やっと現地を訪れ間近に見ることができた。


思った以上に広い梅林。木下沢梅林(こげさわばいりん)と呼ばれ知る人ぞ知る裏高尾の観梅スポットらしい。地元の不動産屋さんブログには「高速道路工事で出た残土を利用して作った丘」と書かれている。

木下沢梅林へ向かう途中の坂道から見た中央線。背後には八王子ジャンクションの偉容(異様?)が見える。ここが "撮り鉄" の撮影ポイントだということは自宅に帰ってからネットで知った。

2016/03/06

啓蟄


二十四節気による今年の啓蟄は3月5日。我が家の啓蟄はミツバチが花粉を運び始めた日。今日がその初見となった。花粉を運ぶミツバチの数の多さから察すると、実際の啓蟄は数日前に迎えていたようだ。

世間では啓蟄は同時に菰はずしの日でもある。でも我が家の菰外しはもう少し先になりそうだ。数日前のひどい寒波は去ったとはいえ、明け方の気温はまだ0度前後と寒い。

2016/03/04

早春の山菜


早春山菜の代表格、セリ、クレソン、蕗の薹。夕餉の食卓で春の到来を味わった。とは言えここ数日の夜間気温はいまだ氷点下5度前後とかなり冷え込む。

2016/03/02

ザゼンソウ(座禅草)


八ヶ岳南麓の春告花が今年も近くの沼地で開花した。

2016/02/27

房総紀行 3/3 猫またぎ


今回の房総旅行のお土産の一つが保田港で仕入れたギラの干物。小骨が多く、棘が鋭く、魚肉が少ないせいで、地方によっては"猫またぎ"とひどい呼び方をされているスズキ目ヒイラギ科に分類される10センチ前後の小魚。 物珍しさと、詰め放題300円に惹かれ、ダメモトで買ったがこれが意外や意外、実に絶品の房総お土産になった。

そのまま焼いて食べてもそれなりにおいしいが、お薦めは、ガッテン流かす床に漬け込み、トースターで軽く焼いて食べること。骨や棘の固さは消え、ギラの旨みは一層増し、酒粕成分と小魚のカルシュウムを含んだ栄養満点の晩酌用おつまみになる。猫達には教えたくない食べ方。

房総紀行 1/32/3

2016/02/26

房総紀行 2/3 天の石笛(いわぶえ)


房総の浜辺を散策していると荒波に打ち上げられた色々な物が目につく。今日の収穫物は流木、錆びた "鮑おこし" 、そして中でも特に興味をひかれた穴開き石ころ。

海岸で出会った漁師に尋ねると地元では穴貝と呼ばれている貝の仕業らしい。ちなみにこの御仁、投網漁の名人で先日も黒鯛40kgを投網で水揚げしたそうだ。教えてくれた穴貝にまつわる情報も実に具体的だった。

確かに穴のなかにまだ貝殻が埋まったままのものもある。三浦海岸などでもよく見られる石ころだということは後で知ったが、初めて見る自分にとってはものめずらしく、目に入り次第拾ってポケットに入れて持ち帰った。

ネットで調べると穴開けの犯人は穿孔貝と呼ばれる二枚貝。穿孔貝と称される貝は他にも数種類あるようだが、今回見かけたのはカモメガイと呼ばれる種のようだ。

穿孔貝は英語ではボーリングシェル(Boring shell)。貝の先端部分を動かし、"貝の付け根のヤスリ状の部分を開閉して岩を削る" とか、"貝殻付け根がドリル状に回転して穴を掘る" と解説されている。

一方、特殊な体液を出して砂岩を溶かして穴を開けるという説もある。 もしかして掘削と溶解の両方の技を使うのかも知れない。ともあれ、そのように自分の成長に合わせて穴の深さや大きさを徐々に深く広くし、結局は終生その岩穴の中で生活するようだ。

穿孔貝が穴を掘る岩礁は潮の干満で露出と水没を繰り返す潮間帯。このことから、陸上の断層に見られる穿孔貝の穴跡から、過去に起きた地殻隆起や巨大地震の発生間隔などが推測できるそうだ。(神奈川県立生命の星・地球博物館 科学研究報告書)

"縄文時代に神事で使用された石笛は穿孔貝が穴を開けた石"と記述されたWEBもある。江戸時代の国文学者(で神学者)平田篤胤の房総半島行脚に同行しその顛末を記録した二人の弟子の著、「天石笛之記」に出てくる霊石笛 "天の石笛" もボーリングシェルの仕わざにも思える。

. . . と、穴開き石への興味と疑問はドンドン広がる。

房総紀行 1/33/3

2016/02/25

房総紀行 1/3 日本寺の羅漢さま


新鮮な魚介類を食べたいと出かけた房総半島への一泊旅行。旅行前には期待していなかった(と言うよりほとんど無知の存在だった)鋸山日本寺の羅漢像との出会いは今回旅行のメインイベントになった。

明治22年、第一高等中学校の生徒であった夏目漱石が著した房総紀行にも、漱石が羅漢像に圧倒された様子が記されている。
. . . おとづるるもの道の脇なる巖の下の二百体ばかりの石像を見て、まづ羅漢さまはこれで全部なるべしと思ひしに、なんぞはからんその岩角をむかうへまはればたちまちあらたに百餘像あり。. . . (中略). . .  その巨岩のうへにまた数十の像あり。. . . (中略). . . てつきり行きどまりとおもいしところに突如一洞穴ありて、洞内ことごとく羅漢さまなり。. . . (中略). . . つぎつぎと石ぼとけのあらはるるこそまことにおもしろけれ。
  (漱石の夏やすみ―房総紀行『木屑録』」からの抜粋)
そして、日本寺のもう一つの名物が「地獄のぞき」。訪れた観光客の多くが、手すりを掴みながら恐る恐るその先端に立とうとする。お金を払って遊園地の絶叫マシンに乗る行為に共通の習性と思えるが高所恐怖症の自分は遠慮した。

房州石の石切場跡を展望台として転用されたものだそうだが、木屑録ではこの石切場のことは触れられていない。多分漱石が訪れてからずっと後になって観光施設として整備されたものなのだろう。

火熱に強い房州石は倉庫、建物外壁、塀、かまどなどに盛んに使用されていたらしい。風化しやすい凝灰質砂岩の房州石の弱点で、その後しだいに大谷石やセメントに取って代わられ今ではほとんど産出されなくなったそうだ。

房総紀行 2/33/3

2016/02/20

エディブル・シティー (Edible City)

米国社会の経済格差は、貧しい人は新鮮で安全な食材を入手することさえ困難な状況に追い込んでしまった。であればと、街の中の芝生や空き地を耕し、健康的で栄養価の高い野菜や乳製品を自分達の手で作ろうという"都市農園"の運動が米国の大都市で大きなムーブメントになっているそうだ。「都市を耕す エディブル・シティー」はそんなの草の根運動を記録したドキュメンタリーフィルム。多摩エコフェスタ2016の上映会で観てきた。

食の正義、食料主権などの概念は日本ではまだ馴染みが薄いが、一日三度の食事を摂ることができない貧困家庭の子供が日本でも増えていることは時々TVで取り上げられる。その一方、日本の食品ロスは世界の食料援助全体量の約2倍との農林水産省の資料もある。

トマトやキュウリを一年中食卓に並べるためのハウス栽培では、露地栽培の5倍近いエネルギーを消費するとの説もある。映画の中で、 "私たちは野菜ではなく石油を食べている" と発言があった所以だろう。

飽食、孤食、ロス食品、壱番屋冷凍ビーフカツ事件、. . . 。最近とかく話題になりがちな「食」の問題を考える時、上映時間56分の小品ながら「エディブル・シティー」は一見の価値がある映画と感じた。

2016/02/14

春一番

隣の電気通信大学の構内で見かけた光景。気象庁は今日関東地方の春一番を発表。

府中観測所の記録:
最大瞬間風速17.5 m/s (04:01)
最高気温24.1℃ (14:25)

2016/02/10

庭にアカハラ


今日東京も庭に姿を現したアカハラ。去年の初見は3月21日だったので今年は随分と早い。

アカハラは、近年東京近郊でも姿はよく見かけるようになったが ”キョロンキョロン チー、キョロンキョロン チー”という囀りを聴いたことはまだない。繁殖期になると山地へ移動してしまうせいだろうか(?)

2016/01/31

冬の蜂場

久しぶりに様子を見に来た八ヶ岳南麓の蜂場、耐寒試験栽培中のエリカは雪の中でけなげに咲いてはいるが蜜源植物としてはほど遠い状態。

一方、ミツバチ巣箱は、. . .

気温が上がる昼過ぎの時間帯に活発に巣門を出入りする群もいれば、. . .

巣門前の雪の上に死骸が散らばっている巣箱もある。

また、蜂の姿はないが巣箱壁面の脱糞痕跡の多さから巣箱内にはまだ多くの健在な蜂がいることが推測できる群があるが、一方で、. . . 


脱糞跡も巣門に蜂の姿も見当たらず、果たして無事に過ごしているかどうか判断しにくい巣箱もある。








今、異変を確認したとしても何らの手が打てるわけではないので、シェルターの覆いを取り外して中を見るのはもう少し温かくなる3月初旬まで待つことにする。

2016/01/11

坂浜の塞の神(ドント焼き)


昨日の多摩丘陵の里山散策で見かけた子供達、田圃で”塞の神小屋”作りに忙しそうに走り回っていた。祭りの本番は今日10時からと聞き、今朝は正月に飾った注連縄を持って稲城市坂浜の塞の神行事へ。

現場に到着した9時半には、既に塞の神小屋の周りは注連縄、書き初め、ダルマ、. . . が山積。昔、子供達はこの小屋の中に寝泊りして祭りの当日を迎えたそうだが、今はその風習は廃れてしまったようだ。


子供達に引かれた御神体(ドウロクジンと呼ばれる自然石)が塞の神小屋の中に安置されると小屋に火が放たれる。

火柱はあっという間に消防車の放水が届かなほどの高さまでに上り、. . .
孟宗竹がバチバチと爆じける大きな音で祭りはクライマックスを迎える。
燃え尽きた熾火でマユ玉団子を焼いて食べ今年の無病息災を祈る。

焼け跡から取り出された御神体の石は、来年の正月までどこかの地中に埋めて隠しておくのだそうだ。
お焚き上げやドント焼きは各地で行われているが、坂浜の塞の神祭りの趣はまた格別。ロケーションが昔懐かしい里山風景の中ということだけでなく、主役の子供達が田圃の中を生き生きと走りまわる姿がなんとも気持いい。

坂浜の子供達のおかげで、我が家の小さな手作り注連縄の今年のお焚き上げも無事終了した。

2016/01/10

オオタカとチョウゲンボウ

 ”ワシタカ10年”のホークウォッチングに手を染めてからもう5年が過ぎようとしているのに、鷲鷹の識別眼力は一向に向上しない。

今日の散策で見かけた二種類の鷲鷹も(トンビを除いて)、チョウゲンボウは電柱の先端にジッと止まっているのでまだなんとかなるが、頭上を飛翔する鳥影がオオタカの幼鳥であることは、現場にいたベテランウォッチャーから教わるまでは自分では全く判断できなかった。(稲城市上谷戸緑地付近)

2015/12/18

あゝ野麦峠

枕元に置いたiPadで、睡眠薬代わりに聴いていた「通信高校講座 現代国語 II  ”あゝ野麦峠”」の講義が意外と面白く却って寝つかれなくなってしまった。

その内容はおおよそ次のようなもの . . . 

明治の歴史では銭を使った者だけが褒めそやされ、その銭を稼いだ人達のことはめったに語られない。




明治国家の富国強兵と殖産興業をなし得たのは、”坂の上の雲”のエリート海軍でも、”鹿鳴間でダンスに興じていた貴婦人達でもない。

日清・日露戦争を勝利に導いた最新鋭軍艦は、雪の野麦峠を往来して、製糸工場で厳しい労働に耐えた工女達が稼いだ外貨で手に入れたものだ。明治の製糸工女達のそんな貢献は、今生きている元工女達がいなくなれば人々の記憶からも消え失せてしまう。

松本平の農家に生まれた著者は、当時まだ生きていた400名近い元工女へのインタビューを繰り返し、彼女達の証言と関連資料を丹念に集めてドキュメンタリー「あゝ野麦峠」を著した。

映画「あゝ野麦峠」は、観客の涙を誘うため暗く悲しい側面を強調し過ぎて原作の意図が歪められてしまったとの批判もある。だから「あゝ野麦峠」に興味のある方は、YouTubeの映画からではなくまずは著書を読むことをお薦めしたい。古本ならアマゾンで19円で買える。(2015/12/18現在)


野麦峠は、毎年鷹柱見学に訪れる白樺峠のすぐ近くの場所だ。新潟や群馬・栃木で子育てを終えたハチクマやサシバの多くが、松本平の上空を通過して梓川の渓谷沿いに移動し、野麦峠を越えて沖縄諸島や東南アジア方面へと向かう。
その同じ峠を、かっては製糸工場での年季が明けた工女達が、何がしかの銭を懐にして両親の待つ飛騨や富山の農村を目指して越えた。

それぞれの思いを胸に抱いた鳥や人の往来を静かに見守ってきたのが野麦峠だ。ちなみに”野麦”という呼び名は峠一帯に生えている熊笹のこと。麓に住む人々は、凶作の時この笹の実を団子にして飢えをしのいだそうだ。

注記:「通信高校講座 現代国語II ”あゝ野麦峠”」 1980年 NHKラジオ放送   講師:清水富雄 朗読:広瀬修子アナ

2015/12/12

シダーローズの季節

昨日は一日中尋常でない天気だった。
朝間のドシャ降りは11時ちょっと前にはパタリと止み、あっという間に雲一つない青空に変わった。と思う間もなく突風が吹き始め大木の梢を大きく揺らす。真夏のような強い陽射しで気温はグングン上昇し上着を脱いでも汗をかくほどの暑い午後になった。(注) 

"この風なら . . . "と直ぐ近くの大学の構内に生えているヒマラヤスギの下を歩いてみると無数の雄花に混ざってお目当の球果が散らばっていた。雨で濡れたせいか鱗片は固く締まっているが松ぼっくりの頂部が抜け落ちたものだ。

頭上には、先端部が落ちた後のキャンドルスタンドのような球果基部があちこちに残っている。

拾い集めた数十個の球果を庭先に並べておいたら、今朝の陽光で鱗片が開き始めた。ピンポン球ほどの大きさだった球果が、乾燥とともに鱗片を開いて大きなバラの花ほどに成長する様は見事なもの。これにシダー・ローズ(Cedar Rose)と命名した人のセンスにも感心する。

十分乾燥したら底部から木工ボンドを注入して鱗片がバラけないようにすればクリスマスリースの素材ができる。リースのデザインはまだ決まっていない。

注記:
午前9時台の降雨量16.5mm。
午前11時27分に記録した最大瞬間風速は16.8m/s。
午前3時15分の最低気温6.5度Cが、午前12時29分には24.6(℃)まで上昇。
(気象庁府中観測所の記録から)

2015/12/11

冬入り


隣る木も なくて銀杏の 落葉かな   (鈴木道彦 1757~1819)

他の落葉樹に比べ黄葉や落葉が遅れて進むせいかイチョウの樹は特に晩秋から初冬に目立つような気がする。
「銀杏(ぎんなん)」は秋だが、「銀杏落葉」は冬の季語だということを初めて知った。
(写真 : 野川公園)

2015/12/08

水木しげる氏逝去


11月30日 水木しげる氏逝去。享年93。

深大寺山門の鬼太郎茶屋をはじめ、天神通り商店街のオブジェ、市内ミニバス車体のラッピング、. . . 等々、調布市民にとって水木しげるの"妖怪ワールド"は身近にある日常の風景の一部。

NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の効果もあって、深大寺はいまや国内だけでなく海外からの日本アニメファンのホットスポットになり、境内には韓国語、中国語、そしてシンガポールかららしい英語が飛び交っているのが当たり前の光景になった。

そんな水木しげる氏の調布市への貢献に敬意を表し、市文化会館のホールだけでなく、鬼太郎茶屋の店先、調布銀座商店街の「鬼太郎」や「ねずみ男」のオブジェの前など、今調布市内には献花台が溢れている。
事故現場やお別れ会に設けられた献花光景は、痛ましかったり、物悲しい空気を醸し出しているのが常だが、水木しげる氏の献花台は、どこもなんとなくユーモラスで明るい雰囲気で、献花をする人も笑顔なのが妖怪ワールドらしくていい。
合掌。

2015/11/29

柿と雪山


雪山を背景にした柿の木。撮影場所は津金集落。やや時期が遅くなったこともあり柿の実は随分と数が少なくなっていたが目に入るとつい撮影したくなる光景。

2015/11/28

レタスポット

この夏一番お世話になった生野菜が大泉駅下のパノラマ市場で売られているレタスポット。

朝食の添えにいつも新鮮な青菜が欲しい。でも、つい買い過ぎて食べる前に傷ませてしまうことも多い。そんな問題を解決してくれたのがこの根付きリーフレタス。一週間〜10日間ぐらいであれば毎日新鮮な"朝採り野菜"を食べることができる。単身滞在時には随分と重宝させてもらった。