2010/05/14

天使の吹笛


明治時代、日光の山奥でニホンミツバチを飼育していた吉田弘蔵氏の著作「実験養蜂新書」を読んでからずっと気になっていたことがある。

吉田翁は同書で、分蜂直前の巣箱内の様子を次のように描写している。



養蜂家は、此の季節に於いて、巣門外に黒蜂の飛遊するを見出せば、夕景其の巣箱に耳を接して、静かに巣内の動静に注意すると、女王は分封の準備整頓せるを認むれば、その夕刻から、盛りに留別の宴を張るものの如くで、時には清雅微妙の音楽を聴くことがある。

其の音響は、恰も天人の吹笛を聞くが如くで、凡そ一分間毎に「ヒュー、ウー」と細く高く響くところの最も奥床しき特別の翔音が上がる。

で、奏楽は夜を徹するも止まぬが、東天紅を帯ぶると、女王は先ず天候を観測し、雨天又は曇天なれば分封を延期し、天気晴朗で微風塵を揚げず、胡蝶翩々として野花に戯れ、池沼温かにして鯉魚浅汀に跳るとも云うべき好日和なれば、例の音楽は愈々其の音響を高め、其の度を速め緩曲急調の妙技、人をして光悦たらしむるものである。

(国立国会図書館 近代デジタルライブラリー、 「実驗養蜂新書」43/58頁、一部の漢字を新漢字に変更した)

夜の巣箱巡回で、これまでそのような音色を自分の耳で確認したことはない。

先日、地元の企業F社のS社長と、山荘のテラスでコーヒーを飲みながらこの話をするとS氏はおおいに興味を示した。

ということで、今夜は巣門にオリンパスICレコーダーを設置。予想どおり明日分蜂が起きたら、S氏の耳で“天使の吹笛”を聞き分けてもらうためだ。ドラムを叩かせたらプロ級の腕前のミュージシャンS氏であれば、その秀でた聴覚で自分には識別できない音色を聞きだしてくれそうな気がする。

今夜は満天の星空。明日は分蜂日和になりそうだ。