2009/01/30

顔をそむけるリス


もっと手なずけようと、窓際近くに寄せたリスの餌台。室内のテーブルに座って1メートル位の間近で見える場所まで近づけてある。 餌台に来たリスは、こちらと正面に向き合う形でヒマワリを食べ始める。だが、他人に見つめられながらの食事は落ち着かないらしい。眼が合うのを避けるようにすぐに位置を変え後姿を見せる。 とはいえ、背後が気になってしかたがないという様子が後姿にありあり。

2009/01/28

プレシーズンマッチ開幕


去年、自然巣の分蜂捕獲競争で楽しませてくれた逸見神社のミズナラの樹の自然巣。買物で近くのスーパーへ下りたついでに様子を見に行った。
蜜蜂が住んでいる気配は全くない。スズメバチが出入りしていた、と聞いてはいたがやはり絶滅したのだろうか。

境内で目に入った分蜂用トラップ(待ち巣箱)。巣箱の形状とロープの結び方に記憶がある。甲府のHA氏のトラップのようだ。今年はずいぶん早い分蜂捕獲競争の開幕となりそうだ。明朝、蜂友K氏にも一報を入れておこう。

山荘の蜂の記録:
気温が上がったせいか、久しぶりに巣門を出入りする蜂の姿。巣箱外壁の気温5度。観測定位置(建物北側)はマイナス1度。14:00

星空のロマンス . . . 「蜂の巣星団」つづき


昨夜寝床で読んだ野尻抱影著「星空のロマンス」(筑摩書房発行)に、“蜂の巣星団”に関する記述があった。

「イギリスでは別にビーハイヴ(Beehive)すなわち蜂巣と呼んでいる。この名は比較的近世のもので起源は分明(ぶんみょう)ではないそうである。」

“ 起源は分明でないそうである” の記述がひっかかるが、文献調査はイギリスに絞り込んでいいということは確かなようだ。

同書には、この星団が吉凶の占いや、天気予測と結びつけられていたとも述べられ、天気に関しては次ぎの二つの文章が紹介されている。

ローマの博物学者プリニウス . . .
「もし晴夜にプレセペが隠るることあれば暴風雨至るの兆しなり」

ギリシャの詩人アトラス 注/秣槽(かいばおけ)はラテン語名プレセペの意味

晴れたる夜にも秣槽忽然と消ゆれば
二つの星転(まろ)び合いて近づくとも見ゆることあり。
この時は風雨あるとも牧場を浸すに至らず。
秣槽は暗く、星は二つながら
変わることなければ、雨至る兆しなり。
もし北なる驢馬雨雲に淡(うす)れて、
南なる驢馬輝きて見ゆれば南の風起こる。
もし雨気と光と星を代ゆれば北の風の兆なり。」

余談 その(1):
明治40年、早稲大大学の英文科を卒業した野尻抱影は山梨県立甲府中学の先生として赴任し、毎晩、星空眺めていたそうだ。野尻抱影も自分と同じく八ヶ岳や南アルプス上空の星空を見ていたのだ。そして一方は、星にまつわる珠玉の随筆を数多く残した。


余談 その(2):
「星空のロマンス」は、20年ほど前に新本(初版本)を2500円で購入したもの。インターネットをみると“コレクター商品”と称して18900円で売っている輩がいる。それも“第2版”ものをだ。

2009/01/27

見物人は野良猫一匹


午後は、小仏峠からの搬入途中で、凍結のため下ろしておいた薪原木を山荘まで搬送する作業。

特に悪事をはたらいているわけでもないが、車が行き来する週末の作業はあまり気が進まないが、ウィークデーの今日の見物人は野良猫一匹。

5往復してほぼ半分の木材を移送。明日もう5往復すれば終了だ。

2009/01/26

CCD 八ヶ岳版?


八ヶ岳南麓日本ミツバチの会 (八蜂会) の「養蜂作業ノート」編集会議。その合間に気になる話を聞いた。

ED氏の飼育していた蜂群6箱。次々と蜂の数が減っていき、年末には、最後の巣箱ももぬけの空になってしまったそうだ。話の内容では、“逃去”という蜜蜂本来の生態行動とは違うようだ。

氏は八蜂会の中でも養蜂経験が最も豊富なメンバーの一人。昨年、飼育蜂を失ったという八蜂会メンバーは他にもかなりいる。女王蜂がいなくなった「女王蜂事故死」説、飼育者がチョッかいを出し過ぎて嫌われた「過保護家出」説などが理由として語られているが、あくまで推測の範囲を出ない。

今回のED氏のケースを聞いて“農薬禍”の疑念が頭をよぎった。それともアメリカで話題の蜂群崩壊症候群(CCD) の予兆?
養蜂作業ノート以上に気になる話。本気で調べてみよと思う。

もっと低地に養蜂場用の土地を借りようかとも考えていたがこの案はしばらく凍結だ。当分は、採蜜圏に田畑や果樹園のない今の高地森林での養蜂に専念し様子を見ることにする。

(写真は昨年6月12日、CCDを取り上げたNHK“クローズアップ現代”の記事 。一部合成)

2009/01/25

ふて腐れ顔

朝の陽光の中に、これまでは見向きもしなかったクリを食べるリスの姿が。ヒマワリフィーダーは兄貴に独占され、やむを得ずクリを食べている弟分リスのようだ。少々ふて腐れた顔。


昨夜はかなり冷え込み、朝9時になっても気温はまだマイナス8度。晴天にもかかわらず、昨日、今日とも蜂の動きは全く無し。養蜂の本には7度と書いてあるが、我家の蜂達が巣箱の外に顔を出す気温は「5度以上」が目安のようだ。

2009/01/23

東京に負けていない


今日は、外気温4〜5度と暖かい一日だった。屋根のツララは全て姿を消し、太陽の光を受けた雪が溶け、立ち上る水蒸気が霧になって林の中を流れている。

巣門を出入りする蜂の数は、東京の巣箱に負けないくらい活発。ただ、東京蜂のように働きに出かける様子はなく、巣箱周辺を翔びまわっているだけ。もっとも、今、蜜や花粉はどこにもないだろう。

煙突血栓症


一週間近く留守にし、冷えきった部屋を暖めようとストーブに火をいれると、室内に煙が充満し狸いぶしの状態。原因は、煙突内に溜ったスス。特に、カーブしたコーナー部分がひどい。タールはそれほどでもないが、煙道火災の恐れがなきにしもあらずの状態。

考えて見れば、この冬のストーブ使用時間の総計は、これまでの一冬分を優に超えているはず。もう少しこまめな煙突掃除が必要だった。
明日天気が良ければ煙突掃除と、曲り部分の煙の流れをもっとスムーズにする工事をしよう。

(留守中の最低気温 マイナス12℃、最高プラス3℃)

2009/01/19

貸切家族風呂

しばらく放ったらかしていた東京の庭の小鳥の水飲み場、新鮮な水に入れ替えたら、早速水浴びに集まって来た。

いつもは色々な鳥が混浴しているのに今日は貸切家族風呂での運用のようだ。メジロ一家とシジュウカラ夫婦が交互に入れ替って使用している。





2009/01/18

伐採作業 1/3 作業現場は「山賊の隠れ処」

疲労困ぱいの3日間だった。

去年の年末、M商事社長から「薪のいいのが出そうだから取りに来ない」との連絡。16-17-18の三日間、朝4時半に起床し、立川のM商事本社へ。そこで造園事業部の作業員と合流して現場に出向いた。

作業現場はNK氏の別荘敷地内。樹齢70〜100年のケヤキ大木の枝落としが作業内容だ。切り落とされた枝から、薪として使えそうな部位を切り取るのが自分の役割。

この地で生まれ育ったNK氏は、かっての生家跡地に別荘を建て利用している。氏によると、「この集落は、昔、甲州街道を行き来する旅人を襲う山賊が隠れ処として住み着いたようだ」とのこと。いかにもそれらしい雰囲気が残る峡谷の最奥端。手が届きそうな眼前に小仏峠がそびえ、すぐ近くには照手姫が住んでいた美女谷温泉がある。

伐採作業 2/3 想像以上の重労働


枝とはいえ直径20〜30cmもある大木。その上、切り落とされる枝が、敷地の横を流れる渓流に落下する。急斜面の土手を這って岩場へ下り、持ち運びできる大きさに切ったものを上の平地まで担ぎ上げる。そんな作業を繰り返して、帰宅すると「風呂→夕食→バタンキュー」の三日間だった。

2日目の午前中は、薪原木の一部を八ヶ岳へ搬送。ところが、数日前の残雪が山荘手前約700メートルの場所で凍結し、ノーマルタイヤのトラックでは登れない。やむを得ず、道路脇の他人様の空地を臨時の木材置場に無断借用し、後日、自分の車で何回にも分けて運び上げることにした。

伐採作業 3/3 J-マートの薪は安い


長坂J-マートで販売している薪原木は、一枠 14800円 。プラス 配送料が 3000円かかる。 “随分高いな” と感じていた値段も、この三日間の作業を体験した後は割安に思える。 もっとも、伐採材の利用には、金銭だけでは測れない面もある。 産業廃棄物として処理される運命の “廃材”に、「暖房」という新たな使命を持たせている、という自己満足感がある。その都度声をかけてくれるM商事社長の好意も暖かい。

現場の職人達と付合いには、サラリーマン時代の人間関係とは違った楽しさもがある。 一番大きいのは、自分で汗をかいて作った薪の炎は格別に暖く感じる、と言うことだろうか。 自分のチェーンソーの扱い振りを見かねてのことだろう。「来月、チェーンソーの社内研修会があるのでぜひ参加したら」との誘いを受け3日間の臨時造園作業員の体験を終了。疲れたが爽快感は残った。

2009/01/17

寒いほどお得フェアー


山梨日日新聞によると清里恒例の「寒いほどお得フェアー」が今日から始まったようだ。気温が下がるほどレストランのメニュー料金が安くなる。去年は、レストランロックのベーコンカレーを半額で何度か食べさせてもらった。
今年も時折利用させてもらおう。

(写真は清里観光振興会のホームページから無断借用)

あれからもう14年

薪材伐採作業へ向かおうと、早朝、車のエンジンをかけた直後にラジオから聞こえてきたチャイムの音。神戸の東遊園地で行われている阪神淡路大地震追悼イベントの黙祷の予鈴だった。

あの日、地震のことを知ったのは海外出張に向かう成田空港の出発ロビー。「火災が発生している模様です。煙が立ち上っています」というTVニュースが、その後、6000人を超す死者を出す大惨事の始まりとは露だに思わなかった。

デンマークに着いてホテルのTVが伝える死者の数が日ごとに増えていく。英語ニュースではもどかしく、仕事が終わると、当時、コペンハーゲンで唯一日本語の新聞を置いているホテルへ毎日読みに行ったことを思い出す。

神戸へ転勤したのはその半年後。まだ、空地や公園に瓦礫の山や仮設住宅は見られたが、街は既に片付けられ、神戸事務所の人達も震災時のことを “想い出” 話風に語り始めた頃だった。あれからもう14年が経った。

注記:
写真は、国土交通省「写真で見る阪神淡路大震災」から拝借。空港のテレビで見た煙は、細い煙が1〜2本立ち上っているだけだった。あれは、火が出た直後の光景だったのだろう。

2009/01/15

お墓参り

せたがやボロ市に行ったついでに(と言っては故人に失礼だが)、ボロ市会場近くのお寺に立ち寄った。9年前、平成12年2月15日に癌で亡くなった友人MM氏が眠っている。

境内で目に止まったゴルフ上達祈願の前掛けをしたお地蔵さん。そういえば彼はシングルハンディのゴルフプレーヤーだった。その上、ユーモアのセンスが抜群で、話術にも長け、彼が加わると仲間内の会話が弾ずんだことを思い出す。

「佳人薄命」は男性に対しては使われない言葉だろうが、MS氏の急逝はまさにそんな感じだった。

2009 せたがやボロ市

「せたがやボロ市」に行ってきた。

1578年、小田原城主、北条氏政がこの地に開いた楽市が起源と言われ、今年が431年目だそうだ。骨董品や古民具だけでなく、日用雑貨、農機具、植木、食品、. . . と扱い品は多種多彩。約2kmに渡って700以上の店が並ぶ。

色々買い込もうと張り切って出向いたが、おもしろそうな店や品物が多過ぎて、かえって “買い” の決断が難しい。ほぼ一日歩き回って手にいれたのは、仙台からと来たという焼印屋さんの焼ごて一本だけ(3000円)。ミツバチの巣箱の紋にしようと思う。

古来から日本の森林に野生するニホンミツバチは、地方によってはヤマンバチとも呼ばれる。焼印は、「山八 → 山蜂 → ヤマンバチ→日本ミツバチ」のつもりだが、そこまで深読みしてくれる他人様はまずいそうにない。

蜂の巣星団


寒風の中に満天の星空。夜12時、双眼鏡を持ち出して夜空を眺めると“冬の大三角形”は既に西空に移り、東の空に春の星座が顔を出している。 

 今夜の目的は春の星座「かに座」。その甲羅にあるプレセペ散開星団(M44)だ。この星団が別名「蜂の巣星団」(Beehive Cluster)と呼ばれていることに興味をひかれた。 

どの本にも、名称の由来は「星の塊が蜂の群れに似ているから」とだけしか書かれていない。しかし、夜空に無数にある星の中で、この星団が特別に蜂の巣に似ているようにも見えない。 蜜蜂の生態と星団の動きの間になにか関係があっての命名ではないか、と勝手に推測している。

蜜蜂の分蜂が始まる時期、この星団が南中にくるという動きも怪しい。今年の春は蜜蜂に加え、かに座の動きにも注目だ。 (写真はWIKIPEDIAから拝借したプレセペ散開星団。自分のカメラでは上手く写らない。) 

 追記:1/27 昨夜遅くまでWEBで探したら、「夜空は澄んでいる。でもプレセペ星団の姿は見えない。大嵐が近づいているのだ。. . . 」(という意味の)古代ギリシャ詩が2篇あるとの記述が見つかった。ミツバチは遠くの雷鳴を感知して巣箱に逃込むと言われている。推論の糸口が見えて来た。

2009/01/13

終日厳しい冷え込み


夕暮れ時の甲斐駒ケ岳。この季節、この時間帯の山の姿は、寒々しいが凛として好きな光景のひとつ。
大泉集落付近の気温は氷点下1度前後だが、風が強いせいか体感温度はずっと低い。

追記:09/01/14 09:00
大泉集落( = 気象庁観測地点)の今朝(07:00 a.m.)の最低温度は - 8.4℃。我家の寒暖計の昨晩の最低温度の記録は -11.0℃で、今冬の最低気温。

この冬一番の冷え込み


ニュースでは、昨夜はこの冬一番の寒さになったらしい。寒暖計が示す最低気温はマイナス10度。朝起きると窓の外側ガラスには一面の氷結が。

2009/01/12

雪国


午後の雪の降りようは雪国そのもの。でも、乾いたサラサラ雪なので樹の枝はそれほど白くはならない。

午後5時、気温は既にマイナス8度。ミツバチ達にとってもここしばらくが辛抱のしどころになる。

夜、温泉への行き帰りに出会った動物(往=キツネ、復=鹿)。新雪に足を取られ四苦八苦しながら脇道に走り逃げるキツネの姿が可笑しかった。足の長い鹿はさすがにそんな無様な格好は見せない。

2009/01/11

多量少品種


積雪のせいだろう、ベランダのバードフィーダーはいつも以上の混雑。庭のカラマツは、バードフィーダーの空席待合室になっている。

ただ、種類は少ない。大半がカワラヒワ。その中にシジュウカラ、ゴジュウカラ、ヤマガラ、ヒガラ、エナガが混じり、極たまにシメの姿。
他の鳥達は雪の少ない低地へ移動したのだろうか?ここ数日姿を見せない。

(夜0時10分、道路上の林の中を歩く鹿の足音。姿は見えなかった。)

2009/01/10

土光敏夫氏とメザシ


いい番組だった。
10:05〜11:25放映の「NHKアーカイブス特集」。松下幸之助、土光敏夫、緒方貞子の三氏へのインタビュー。
  • オイルショック後の政治の役割を述べる松下幸之助氏。(1975年放送)
  • 行政改革に85歳の公憤を燃やす土光敏夫氏。(1982年 ” )
  • 自分の信念に従って決断を下す緒方貞子国連難民高等弁務官。(2001年 ” )
土光経団連会長を団長に、北欧輸入促進ミッションが派遣されたのはまだ自分が30歳を少し越えた頃のこと。日本の外貨独り占めの経済行動が世界中から非難されていた時代に、北欧からの輸入を増やすことが目的の旅だった。

そのミッションで、裏方として土光氏に同行し、早朝から早晩(土光氏は朝早くから活動し、夜は早い時間に就寝する人だった)、その立ち居振る舞いや言動に感銘を受けた身には、その視察旅行の思い出をオーバーラップさせながら番組に見入っていた。

三氏の口から語られる深くて重い言葉。昨日と一昨日、国会予算委員会TV中継で聞かされた駄辯・詭弁の羅列との落差大きい。

蛇足:
かって、NHKの番組中で放映された、メザシのおかずで夕食をとる土光氏夫妻。このテレビ映像で、「土光敏夫→メザシ→質素な生活」というイメージがすっかり定着したが、土光夫妻がいつもメザシを食べていたわけではない。

大学発パソコンデスク

近所の大学の粗大ゴミ置場で雨ざらしになっていた古い教卓。水で洗い、足を切り詰め、ガタつきを補修し、ササクレだっていた木目をタワシで磨き、椿油を擦り込み、. . と手を加えたらアンティーク風PCデスクに変身した。
ナイフの切傷、マジックの落書き、タバコの焦跡など、想像を膨らませてくれる痕跡も楽しい。

ちなみに、手前の木製椅子とカサスゲ製敷物も自家製 。“あぐらをかいて座る椅子”がデザインコンセプトだ。
材料のカサスゲは、近くの野原で鎌で刈り取り、天日に干し、手編みで作った究極のエコグッズ”、というのも製作者の自慢の種。

これまでベランダの片隅でホコリをかぶっていたが、やっと居場所が見つかった。
(23:00 外気温 -10℃、巣箱壁面 -8℃)

2009/01/09

いよいよカンジキの出番


予報どおり今日は一日中雪。このまま降り続いてくれれば明日はカンジキの試し履きが出来そうだ。

年末に神田小川町のスポーツショップ街を歩き回って購入したもの。伝統的なトネリコの木製カンジキとどちらにしようか随分迷ったが、わずか400グラムの軽さにひかれ結局ジュラルミン製のスノーシューに決めた。

雪が止めば明日は撮影をかねて八ヶ岳牧場を歩いてみよう。20年以上愛用しているAigleの防寒ラバーブーツとの組み合わせで足下はほぼ完璧のはずだ。

2009/01/08

留守中の出来事 3/3 水飲み場


雨の降らない日が続いたせいで、蜜蜂も野鳥も水に飢えていたようだ。

池に水を流したとたん、数十匹の蜜蜂が水を飲むために集まり出し、ヒガラ、コガラ、シジュウカラ等の鳥が順番に水浴びを始めた。

久しぶりに餌が入ったバードフィーダーも終日盛況。

留守中の出来事 2/3 鹿除けネット


鹿の侵入を阻止するための防護ネットがかなりの範囲に渡って引きちぎられていた。

庭に鹿が来る光景は自然の豊かさを感じられ大歓迎だ。ただ、イチイ、ウリハダカエデ、ニシキギ、カラマツなどの樹皮や葉を食べ、庭木を枯れさせてしまうのが難点。また、春先には庭の野草畑の新芽を食べ尽くし、大事に保護している野草が絶滅しそうな恐れがでてきた。

そこで、やむを得ず取った処置が敷地全体をナイロンネットで囲むこと。ネットを張った直後に2回ほど、角でネットを破られたことはあったがその後は静穏に過ぎていた。鹿達は我家の庭を散歩ルートから外してくれたと思っていたがどうもそうではなさそうだ。

留守中の出来事 1/3 蜜蜂


年末年始を東京で過ごし、昨日2週間ぶりに山荘へ。
(留守中の最高・最低気温は、6度、マイナス11度。)

巣門外に死骸一匹以外は異常なし。巣箱の中にも凍死した蜂の姿は見えない。

シェルター外壁に無数の脱糞跡。
蜜蜂は、巣箱の外で脱糞することは知っていた。でも、自分の巣箱の壁に向けて、と言うのは初めて見る光景。厳しい寒さで遠くへ飛んで行くのを嫌った?それとも、外壁ペンキの白色に引きつけられて?あるいは、その両方が原因かも知れない。

蜜蜂は、白い色の所を好んで脱糞するということは以前本で読んだ記憶がある。そのため、住宅街で蜜蜂を飼うと、洗濯物を汚しトラブルになることもあるらしい。

2009/01/07

大型テレビ導入


ついに我家の山荘にも大型(と言っても32インチだが)を導入した。

北杜ケーブルTVはまだ地デジ化していないので画像はいまいちだが、それでもテレビ好きの自分には大きなお年玉。さっそく天然木の丸太でテレビ台を作り、ソファに寝転んで一番見やすい場所を選んで設置完了。

2009/01/04

山並み v.s. ビル並み


好天に誘われ生田緑地を散策。生田の丘から眺められる新宿高層ビル群の光景、大泉集落からの南アルプスの山並み。それぞれが、それぞれにエネルギッシュな景観。

2009/01/02

調布七福神巡り


調布に住み始めて三十有余年。初めて「調布七福神巡り」を体験した。たった13キロの行程で、七つの災難を除け、七つの福を授かる手軽でお得な巡礼。ちなみに色紙700円、各朱印は各寺院毎に300円。
(調布七福神の写真)