山梨県下での状況はどうだろうと情報を集めているが具体的な資料が見つからない。手元にある「山梨の野鳥」(1985年発刊)や「山梨の鳥」(1977年発刊)などの野鳥図鑑に、イヌワシが収録されていないのも気にかかる。
一昔前はどうだったろうかと、山梨の野鳥に関する古い書籍を神田神保町で探して購入したのが中村幸雄著「甲斐の鳥たち」(山梨日日新聞社)。その中にイヌワシにについて次のような記述があった。
. . . イヌワシは、中部山岳地帯で繁殖し一年中その場所に住んでいるが、山にえものが少ないときには、遠く太平洋までも出かけていく。. . . 御坂の黒岳(1,793メートル)へ行ったとき、山頂に海水魚の食べかすや骨が散乱し . . . (その近くにあった鳥のふんから判断して) . . . 黒岳のイヌワシも太平洋までえものをとりに行ったのだろうと判断した . . . 。(p88)同書が発刊されたのは1969年と比較的新しいが、イヌワシに関する記述は、著者が “まだ山梨県庁に勤めておったころの話”とあるから、昭和初期の出来事だろうと推測する。
御坂の黒岳から駿河湾や相模湾までは直線距離で50〜60キロ。イヌワシの行動圏はかなり広そうだ。もし八ヶ岳山麓に営巣しているとすれば、餌を求めて(あるいは、狩場への行き帰り)に八ヶ岳南麓の上空を横切ることもあるだろう。
イヌワシが獲物を探す時の飛翔高度は100〜300メートルらしいが、遠くの狩場への移動にはもっと上空を飛ぶに違いない。鳥影からイヌワシと判断するのはかなり難しいだろうがウォチングのチャンスはありそうだ。
ちなみに、同書の著者中村幸雄氏は、山梨に生まれ、山梨で育った日本における野鳥研究のパイオニア。かの中西悟堂氏が「野外鳥類研究の四天王」と称したほどの人。そして、中村幸雄氏の長男の中村司氏(山梨大学名誉教授)も、国際鳥学会の名誉会長を勤めたほどの世界的に著名な野鳥研究家。さらには、現在の日本野鳥の会会長は八ヶ岳倶楽部の柳生博氏。野鳥の豊富な山梨は、野鳥研究や野鳥の保護活動においても日本のメッカでもあることは地元の人にも意外と知られていない。