
ここ1〜2週間、脚に花粉団子を付けて帰って来るミツバチがやけに目につく。一分間に15〜20匹くらいだろうか。
花粉源を探して、神代植物公園の梅林や福寿草畑をのぞいているが、今年はまだ一匹のミツバチも見かけたことがない。
今日すぐ近くの布田天神の梅の木でやっと一匹のミツバチに出会えた。
これだけ頻繁に花粉団子を持ち帰るからには、どこかにミツバチ達が群れている草木があるに違いないのだが。
気温が氷点下になると、ミツバチは巣内に引き籠もる。この時ミツバチの体内活動は鈍化し、ほとんど停止した状態になるので寒さはそれほど感じていないようだ。だから貯蜜もあまり消費しない。吉田翁の蜂場は日光の山間部。気象条件は八ヶ岳南麓と近似しているので、翁の経験知は我家の蜜蜂達にも当てはまるはずだ。
ところが、早春に気温が摂氏10度くらいに上がる日があると、日当たりが良い位置にいる蜂群はすぐに引き籠もりから起き出して運動を始める。ところが、その後寒さがぶり返し気温が再び氷点下になると、ミツバチは寒さをこれまで以上に強く感じるようになり、暖をとろうと貯蜜をドンドン使い始める。
そして貯蜜を消費し過ぎて、花が咲く前に餌が欠乏し終には群全体が死滅する。餌不足が起きなくても下痢を発症し全群衰退に陥る不幸をきたすこともある。
だから、最初に巣箱を置く場所の選択は非常に重要だ。建物を北にした日当たりの良い位置などに巣箱を置くのは良ろしくない。
養蜂家は、自己の思想通りにせんで、彼等の自然の住み方を研究すれば、すぐと領解し得ることである。
ミツバチが巣箱方向へ頭を向けながら、一斉に巣箱周辺を飛び回る様。天気の良い日の午後の1~3時頃に数十分間に渡って見られる光景. . . を“時騒ぎ”と称し、
新しく羽化した働き蜂が内勤期間を終えて、初めて巣外で仕事をしようとする時に巣の位置を覚えるために取る行動
あるいは、 “冬期の時騒ぎは脱糞のため”. . . とあり、さらには、
飛び回ってる蜂が全部同じ日に産まれたもので、飛んでる蜂の数が1日で産まれたミツバチの数. . . と書かれたネット情報もある。
フクロウは、古代よりネズミ等を捕獲し食べていることから農民には「益鳥」として扱われてきた。 また、「森(杜)の賢 者」と称され知恵の象徴、自然豊かな森林に住み着くことから「森の番人」森林環境の象徴とも言われ「人と自然が躍動する環境創造都市」にふさわしいため選定する。. . . と書かれている。

太陽は真上・真下に向かって移動するわけではありません。 移動する間に、太陽の方位角も山の高さ分だけ変化します。したがって、山の方角と、日の 出・日の入り時の太陽の方位角が一致したからといって、必ずしも山頂に太陽がかかるわけではありません。. . . とある。
このような理由から、何月何日に山頂に沈むかということを正確にお答えすることはできません。ただ、 日の入りの方位角がその方角に近くなる日を計算することはできますので、その前後何日かにわたって実際に観察をされるのが確実な方法です。(国立天文台ホームページ「良くある質問」の回答文を要約)
今日は「友人の墓参 兼 ボロ市」という1月恒例の行事。室町時代末に楽市として始まったが、徳川時代になると近郷の農家相手の農機具・日用品の古物市として栄えた。
そこでは、野良着の繕いや草鞋(わらじ)になえこむボロが安く売られたことから、いつとはなしに「ボロ市」と呼ばれるようになった。
農閑期の夜なべの草鞋作りは、当時の農家では大切な現金収入の副業で、農民は争ってボロ布を買い求めた。
(東京商工会議所世田谷支部のホームページの内容を要約)
“セイヨウミツバチと異なりニホンミツバチはダニやウィルスに強い。だからそんなに問題視する必要はない。” . . . これまでニホンミツバチ愛好家の多くがそう信じてきた。でも状況は変りつつあるのかも知れない。
- セイヨウミツバチとニホンミツバチの間で寄生虫やウィルスの異種間感染が推定される。(注1)
- 海外からの輸入だけでなく、国内でいたずらに遠くからミツバチを移入することは、ウィルス伝播のスピードを早めるリスクがある。(注2)
1/1= - 2.3. . . と続き、最高気温もプラス7度を越える日はない。
1/2= - 4.9
1/3= - 7.1
1/4= - 3.5
1/5= - 2.3
1/6= - 4.3
1/7= - 8.1
1/8= - 10.5
(気象庁大泉測候所)